かって、高橋慶彦という、スイッチヒッターの遊撃手がいた。広島東洋カープ時代、わたしは彼のファンだった。高橋選手がベンチ前で素振りをするのを見ているだけでうれしくなった。もっともスリリングだったのは盗塁で、とくに走り出す瞬間、胸が高鳴った。ぎりぎりまでリードをとり、投手のモーションを盗み、躊躇なくグラウンドを蹴った。まるでリスクを楽しんでいるかのようだった。そう、高橋慶彦は、グラウンドで誰よりも楽しそうで、すべてのプレーからそのことが伝わってきた。あんな選手はもういない。これからも現れないだろう。もっとも好きなプロ野球選手、いやもっとも好きなプロスポーツ選手だった。この短編集は、高橋慶彦という希有な選手を巡る、市井の人々の悲喜劇を描いている。また高橋選手に捧げる、わたしからのオマージュでもある。
村上龍
高橋慶彦がグラウンドを蹴るとき、いつもどこかで声が聞こえる。
「走れ!タカハシ!」
広島カープの遊撃手・高橋慶彦を巡って繰り広げられる11人の男たちのドラマを、爽快に描いた短編集。「高橋慶彦・思い出のアルバム」と題し、現役時代の写真集も収録した、電子特別版。
タイトル:走れ!イチロー
公開日:2001年
原作:村上龍
監督:大森一樹
出演:中村雅俊、浅野ゆう子、松田龍平、石原良純