坂本龍一との共著は、対談・鼎談集や往復書簡がありますが、小説はこれが唯一です。今回、無理を承知で、「夢の部分をナレーションしてもらえないだろうか」という依頼をしました。坂本は、いろいろな意味で喋るのが苦手な人なので、ダメ元のお願いだったのですが、承諾してくれて、あっという間にナレーションの音声ファイルを添付したメールが送られてきました。坂本龍一の肉声は、とても貴重です。なぜなら、繰り返しになりますが、彼は喋るのがあまり好きではないと思われるからです。どんなときでも、つまり対談でも、またプライベートで食事しているようなときでも、「どうしてこんなところで喋らなければいけないのだろうか」という「憂い」のようなものを感じます。
ひょっとしたらメインの理由は「話すのが面倒くさい」ということかも知れません。わたしも、話すのは苦手で、とくに不特定多数の人々を前にして話すのはさらに苦手です。電子版『モニカ』で聞こえてくる坂本龍一の音声は、何というか、内省的な印象があります。他の誰かに話しかけるというより、自分自身と世界に問いかけるような、そういった不思議な響きを持つ魅力的なナレーションです。『モニカ』は、電子書籍でなければ成立しない作品に生まれ変わったと、自負しています。
村上龍