◆ 内部被曝通信 福島・浜通りから ◆

《128》 「悲劇」を求める取材 2014年10月7日

いまの浜通りの状況について、海外へ発信することが非常に難しいと感じています。インターネットの特徴なのでしょうけれど、知りたいと思っている人以外にはなかなか届きません。テレビなどのメディアも、悲しい話やけしからん話など、人間の喜怒哀楽に訴えかけるような内容とリンクする場合には強みがあるのでしょう。それに対して、淡々と事実を伝えるのは苦手(というよりむしろ喜怒哀楽に伴うものにかき消えてしまう。)なことを感じます。もちろん受け手の協力も必要です。

私の勝手な感覚ではありますが、日本でも海外でも、いわゆる専門の先生や医療関係者の間では、住民の方の被曝量などについての話が出ることはほとんどなくなってきたと感じます。学会でこうしたテーマが占める割合も減っています。住民と接している先生についてはそのようなことはありませんが、そうでない先生からは「被曝の検査なんて、まだやってたの?過剰でしょ。人件費と資源の無駄でしょ」といった声さえ聞かれます。確かに、国連やWHOからも線量評価に関する報告書が出ていますし、測定結果もごまんとあります。ただチェックは続けるべきだと思っています。こちらとしてはあまり気にせず、淡々とやっていくだけだと考えています。

そんな一方、海外の方、そしてその知識を映す鏡であるメディアの方からの質問は、なかなか厳しいものが多いです。
とある韓国のテレビスタッフが相馬の病院にやってきて、インタビューをしたいと言ってこられました。植物の写った写真を10枚ほど渡されました。何かと思いきや、「植物が放射線で奇形だらけだと聞いている。人間に関してもそうなんでしょ?」と言い始めました。福島県ではそんな状況には全くないことを伝えますが、明らかに不満そうでした。取材する相手を間違えたという感じ。

オーストリアのテレビは外来の風景を撮影していきました。質問は「南相馬にどうして人が住んでいるんですか?」といった類いの内容でした。事故が起きたのは事実として、いまのこの場所での被曝量がどの程度か、ゆっくりと説明しますが、蔑(さげす)むようにニヤッと笑って終わりました。その表情は忘れません。

ドイツのテレビ局はBabyscanの取材に来ました。この器械が出来た経緯や、小さい子どもからはセシウムがまったく検出されていないことを説明しました。しかし、彼らは「悲劇」を求めているようでした。使いたいコメントを撮りたいのでしょう。繰り返し同じ質問を5回も10回もしてきましたが、相手が求めるコメントをしようもありません。結果、彼らが必要とする悲劇には満たなかったようでした。

こうしたことは、取材を受けたことのある多くの方が経験されていることと思います。まあ確かに、海外のどこかの国で、「こんな問題があったけれども、だいぶ落ち着いてきました」という報道が日本であったとしても、ほとんどの人にとっては記憶に残らないだろうなとも思います。

もちろん、そんな方々ばかりではありません。ちゃんと話を聞いてくださる方がいらっしゃることも確かですし、その様なメディアの方に我々は何度も何度も助けていただきました。

そんな状況の中、やはり可能であれば、地元の方々一人一人が現状をご自分で説明できるようになって欲しいと思っています。学校での知識などがその要です。そして多くの専門の先生方にもいま一度、周囲への発信をぜひ続けて欲しいと願っています。



先日、南相馬市立病院にタイ、フィリピン、インドネシアなどアジアの若手科学ジャーナリストが多くいらっしゃいました。SjCOOP Asia プロジェクトの一環です。及川友好先生と早野龍五先生が状況の説明をされています。ひとしきり説明した後、WBC検査でどれくらい被曝するのか?と聞かれました。もちろん被曝はしません。

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